Re: 灼熱の魂

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tezuka

なし Re: 灼熱の魂

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2013/1/14 18:05 | 最終変更
tezuka  長老   投稿数: 487
あの息子、気の毒に・・・というのが正直な感想でした。
そこは男性に尋ねてみたいです。

主人公ナワルの民族的・宗教的な宿命がどういう重さを持つのか?という部分、もっと丁寧に描かれていたならば、ぐっと胸に迫るものがあったかもしれません。
この作品から感じたのは中東に生を受けたひとりの女性の、ごく個人的な愛と憎しみの強さ。
愛よりも憎しみ、憎しみの強さだけで人はここまで生きていけるんだな、という。

ナワルは双子息子が話していたように彼らにとっては良い母親ではなかったようです。
しかし、亡くなったあとに自分の生きざまを見せることで自分自身を彼らに印象づけた。
これ、どうなんでしょう?
愛情?
それとも憎しみ?
死してなお、私を忘れないで、私という女が生きていたことを覚えていて・・・、その気持ちの強さを感じるし、生前は双子息子が言うように「死んでせいせいするわっ!」という母親だったとしたら、自分らの出生の秘密を知ったときに「1+1=1がありえるか?」だけじゃない。
どれだけ重い宿命の十字架を背負わされたか。

彼らのルーツは今でも名誉殺人が行われている土地です。
双子娘が訪ねたときも、ナワルのことで冷たくあしらわれるような場所。
もしも出生の秘密があの場で知れたとしたら、塩まいておくれ!なんかじゃ済まないでしょう。
だからこそです。
民族的・宗教的な背景をもう少し描いてほしかったです。
母親が子どもたちに背負わした宿命と同じほどの重さを。

タブーである近親相姦、それも男性よりも地位(?)の低い母親と息子。
これが父親と娘ならば立場はまるで違うでしょう。
きっと犯されながらナワルは息子に気付き、だからこそお腹の子どもを殺そうとしたのに生まれてきた双子。
愛があったから一緒にいて、愛があったから出生の秘密を伝えた。
自分という女性の生きざまをきつく印象づけて。

そこには愛だけではなく憎しみも介していると思います。

それは名前も素性もかくして拷問人から一般の男性として生きていた、もうひとりの息子に対しても。
彼に背負わした重すぎる十字架、それは愛からくるものでしょうか。
ナワル自身が死ぬ前ならば尚更。
拷問人ではなく、一般の男性として生きていることを知ったならば、彼の行く末の幸せを黙って祈ることが愛じゃないでしょうか。
でもナワルはそうしなかった。
死の床で、公証人に口づたえで全てを伝え、全てを明らかにした。

息子は、ずっと会いたくて会いたくて探し続けていた母を、あの薄汚い収容所の床で拷問し、何度も犯したことを本人の手紙で知らされ、「許す」と言われてどうなんだろう?
私だったら、すぐにでも道路に飛び出て車にはねられて死にたいです。
あれだけの重い宿命を背負わされた彼を気の毒に思います。

収容所に行くまでは息子への愛のために何があっても一途に生きたナワル。
そのあとの彼女は何のために生きたか?
子どもたちへの愛?
それとも息子への憎しみ?

民族的・宗教的な部分をもっと感じられたら感想も違ったと思いますが、この作品から感じたことは一般的に
愛と憎しみはもしかしたら同じベクトルを向いているのかも?ということ。

もうひとつ、中東という地域、アジアの発展途上の国々、これらに共通する雰囲気は、「父性の欠如」だと気付きました。


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