Re: 大いなる沈黙へ グランド・シャルトルーズ修道院

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haruko

なし Re: 大いなる沈黙へ グランド・シャルトルーズ修道院

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2014/11/21 19:38
haruko  長老   投稿数: 320
>>主の前で大風が起こり、山を裂き、岩を砕いたが、主はおられなかった。
 風の後、地震が起こったが、主はおられなかった。
 地震の後、火が起こったが、主はおられなかった。
 火の後、静かなやさしいさざめきがあった」(列王記19.11-12)<<

これは主への苛立ちか、とも取れるが、そうではないのですね。主は決して何もしないから、公平なのだと言う事なのでしょう。日本の隠れキリシタンの中でも、主は助けてくれない、、という言葉があったように思います。
何かをしてくれるから拝むのではない。
主は黙って何もせずに人間を導き諭す、と言うことなのでしょう。

固定の宗教を持たない私が、彼らの生活をどこまで分かったのか?
映画が終わっても、何も分からない自分がいました。
大いなる沈黙とはやはり神の沈黙のことであるような気がします。

ひたすら宗教に打ち込む人々が実は分かりません。映画の中の一人一人の修道士が立派なのかどうか、何を考えているのかも分からない。

穏やかな春の日のピクニックのような風景と、そこでの彼らのおしゃべりが、唯一私には美しく人間っぽく、いじらしく、切なく、愛おしく、感じました。

音のない静寂、、をあまり意識し過ぎていたせいか、鐘の響く音、牛の鈴の音、木を切る音、など結構大きな音に驚かされて眠気が吹き飛びました。

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