Re: ゴーン・ガール

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tezuka

満足 Re: ゴーン・ガール

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2015/1/10 10:43 | 最終変更
tezuka  長老   投稿数: 486
フィンチャー監督の格好つけた演出(ファンの方には申し訳ないです)が今回はさほど気にならず、最後まで普通に面白く観ました。
「格好つけてる」のはこの作品では主人公二人の外に向けた関係でしたね。その部分に気づいたときに、もしや監督って世間からの自身の言われようをここに投影したのかも?とも思ったりして、一人で地味に喜んでました。

夫のベン・アフレックのような男性は、どこにでもいるように思えます。
作品中で妻を保護する幼馴染も結局は似たような男性で、結果殺されてしまうわけですが世界各国、先進国でも後進国でも男女の役割を「男は外に出て戦って、女は家を(で)守って支える」みたいな考え方に基づいている社会ならば程度はありこそすれ根本は同じだと思います。
この作品の夫は悪いやつでもなんでもない、ごく普通の男性。

妻は小さい頃から過度に両親、特に母親から「理想の子ども」「理想の娘」像を押し付けられていて、自身のアイデンティテイが混乱している女性です。
独身時代は外に向けての自分を保つために綺麗にしておいて、結婚してからは夫に向けての自分を保つために綺麗にしておかないといけない。そうしないと自分の精神も保たないから。
そういう人は本来の自分と作った自分とのバランスをとるために誰かからの賞賛(それで良いのだ、というお墨付きのようなもの)が必要なのです。
結婚するまでは母親の、結婚してからは夫の。それが薄れてきた不安からのあれだけの計画は実に精神病的で、しつこくて、ありえるなあと感じました。
自分自身を保つためのエネルギーをすべて、あの計画に込めたのだと思います。
それは「氷の微笑」のヒロインにも少し共通するところだと思うのですが、「氷~」の彼女にはカマキリのメス的な原始的な本能を感じるのとは違い、この作品の妻は自己管理も出来ていない幼稚な女性(もしかしたらセックスのエクスタシーを感じたことがないのかも・・・)です。
そこはスナックをがつがつ食べていたり、「やったっ♪」ってポーズ取ったりするシーンで判りやすーく演出されていたし。

現代ではネット、SNSが社会に浸透していてやたらと自分のプライベートをネットに上げて喜ぶ風潮がありますが、どこに行ったとか、何を見たとか、誰と行ったとか、何を食べたとか、ってことを他人から「いいね!」されんといかんのかとウンザリします。
これは明らかに自分がやっていることを他人に「確認して!」、って求めている作業ですよね。
とても幼稚だと感じているのですが、嬉々としてやっている人たちはこの作品の妻と実のところロジックは同じではないでしょうか。

身の程でいいんじゃない?
情報発信のやり方、おかしいんじゃない?
デヴィッド・フィンチャー監督からのメッセージかも。などと思ったのでした。

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