KANO 1931海の向こうの甲子園

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  • なし KANO 1931海の向こうの甲子園 (kinsan, 2015/3/14 8:42)

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kinsan

なし KANO 1931海の向こうの甲子園

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2015/3/14 8:42
kinsan  長老   投稿数: 275
 題名の「KANO」とは、1931年に日本統治下の台湾から甲子園に出場し決勝戦まで進んだ嘉義農林学校野球部のことである。
 この映画は、「海角七号 君想う、国境の南」や「セデック・バレ」で日本統治下の台湾を舞台にした映画の監督を務めたウェイ・ダーションが製作総指揮し、マー・ジーシアンが監督した作品である。
 宮崎県出身の永瀬正敏や坂井真紀、大沢たかお等の日本人俳優とオーディションで選ばれた台湾人俳優が熱のこもった演技を見せてくれる。
 約3時間にわたる上映時間であるが、日本人の近藤兵太郎(永瀬好演)が嘉義農林の監督となり台湾代表となるまでの前半部分と甲子園に出場し決勝戦まで勝ち進む後半部分に分けられる。
 練習や試合のシーンとその周辺のエピソードを通して、台湾の人達の嘉義農林
の試合にかける思いが伝わってくる佳作になっている。
 史実をベースに作られているだけに、当時の台湾の様子や日本人の様子を知ることができる作品でもある。

 上記は「宮日シネマ」のために書いた最初の原稿である。読み返して「宮日シネマ」の形式に合っていないと思って、書き直して別バージョンの方を投稿した次第である。

 3時間あまりの上映時間ではあったが、途中で寝ることもなく最後までしっかり見ることができた。しかし、映画の内容がこれほど野球中心に展開するとは予想していなかったので、驚いた。

 ある意味、極めて日本的なスポ根映画である。永瀬演じる近藤監督の指導方針が丁寧に描かれているために、「野球映画」という印象が強くなったような気がする。
 1931年の甲子園が日本各地の代表だけでなく、朝鮮や満州、そして台湾の代表も出場していたことに先ずは驚かされる。そして、台湾の代表が日本チームを勝ちまかして決勝戦まで進んでいった事実にも驚かされる。

 日本統治下の台湾の人達が、この嘉義農林の快進撃に大いに喜び感動したことは当然のことだと思う。しかしこの映画ではこの喜びや感動を、単に嘉義農林野球部の勝利に対するものだけにしているような気がした。日本各地の代表に勝利したという思いはなかったのであろうか?ましてや、1931年は「セデック・バレ」で描かれた霧社事件の翌年なのだから。
 反面、この日本のチームに勝利したことへの反応を抑えたために、日本人が見ても非常にすっきりしたスポーツ映画として受け止めることができる。

 さらにこの映画では、ほとんどの日本人が知らない「八田與一」を登場させている。物語の展開とはほとんど関係ないのに、あえてエピソードとして描いているのである。近藤監督にしても八田與一にしても、統治下の台湾にあって台湾の人達のために尽くした人である。日本人が知らなくても台湾の人達がきちんと評価していることについて、いろいろと考えさせられた映画でもある。

 余談ではあるが、この映画が韓国で上映されることはないだろうと思った。何故なら、甲子園大会の主催者である某新聞社の旭日旗が翩翻と翻っているシーンが後半に登場するからである。

 

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