最愛の子

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿.1 | 投稿日時 2016/4/23 23:10 | 最終変更
hiro  管理人   投稿数: 218
 エンタテインメントが得意な香港映画の味わい。映画を見ながらそんな風に思っていたら、監督は「捜査官X」のピーター・チャンだった。なるほど。中国映画と香港映画のタッチはやっぱり歴然と違うのだ。

 今は緩和された一人っ子政策の影響もあって、幼い子どもの誘拐が中国では年間20万人に及ぶという。大がかりな人身売買の組織もあるらしい。その実話を基にした社会派の題材でありながら、本編はクスクス笑える場面もある。ラストの皮肉で意外なエピソードは映画のフィクションで、社会派の作品では普通、こういうエピソードは入れない。監督のエンタテインメント気質によるものなのだろう(個人的には悪くないと思った)。はっきり言って、監督がこの映画を作るきっかけになったというドキュメンタリーの一部が流れるエンドクレジットには本編を超えるインパクトがある。ただ、そのインパクトは本編を見ているからこそ余計に大きくなってもいる。

 2009年、経済特区深圳の下町でネットカフェを経営する主人公のティエン(ホアン・ボー)は3歳の息子ポンポンと暮らしていた。離婚した元妻のジュアン(ハオ・レイ)のところでポンポンは週に一度過ごすが、ある日、自宅に帰るジュアンの車(アウディA4だ。ジュアンの再婚相手は高収入のようだ)を追いかけたポンポンは何者かに連れ去られて行方不明になってしまう。ティエンとジュアンは必死にポンポンを捜す。ネットで呼びかけ、報奨金を用意する。情報を教える電話はかかってくるが、報奨金目当ての嘘や詐欺ばかり。2人は「行方不明児を捜す会」に参加し、苦悩する親たちと一緒に情報収集するが、ポンポンの行方は分からなかった。3年後、有力な情報がティエンのもとに届く。ポンポンは安徽省の農村にいた。

 映画は後半、ポンポンと3年間暮らしていたリー・ホンチン(ヴィッキー・チャオ)が中心になる。死んだホンチンの夫がポンポンを誘拐したらしい。子どもを産めないホンチンはポンポンを我が子のように育てていた。ポンポンも生みの親のティエンとジュアンのことをすっかり忘れてしまっていた。

 前半と後半での視点の切り替えによって、映画は生みの親と育ての親の子どもへの深い愛情を描くとともに、一人っ子政策の弊害も指摘し、評価を高める要因になっている。ただ、この切り替えも行き当たりばったりなよくある香港映画に近いものなのではないかと不謹慎ながら思えた。俳優としての格や人気から言って、ヴィッキー・チャオの出番が多くなるのは当然でもある。

 しかしエンタテインメントだからこそ、多くの観客を集め、この映画は大きな力を備えた。公開後、中国では刑法が改正されて人身売買が重罪になったという。大衆的な「泣けるエンタテインメント」としてまとめたピーター・チャンの方法は間違っていなかった。暗くて深刻なだけの社会派映画だったら、高く評価されてもヒットは望めず、こうした影響力は持ち得なかっただろう。

 ノーメイクで出身地安徽省の方言を話す(らしい)ヴィッキー・チャオも好演しているが、感心したのはホアン・ボーの演技。庶民的な風貌と親しみやすいキャラクターで、息子を思う父親を演じきっている。捜し疲れて道ばたに座り込んだティエンが物乞いに間違えられて通行人からお金をめぐまれる場面の戸惑いの反応など、コミカルな演技のできる俳優でなければ難しかっただろう。
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2016/4/24 10:57 | 最終変更
haruko  長老   投稿数: 320
以前NHKのクローズアップ現代だったかで中国の幼児拉致つまり人さらいの実情が放映された。
ひどく憤慨し悔し涙無しには見ることが出来なかった。だから、映画とは言え、私はドキュメンタリーに近いものを想像して観に行った。
確かに前半は息も詰まる展開で、怒りに震えながら涙を押さえながら、真剣に見入った。横で友人が泣き続けていたが、私は泣くと言うより怒りのほうが強く、連れ去られた親の立場にしか自分を置けなかった。
ここまでは映画として本当に、素晴らしい展開、家族の会の人々にも凄く好感持てたし、涙無しでは見られなかった。

NHKで見たときは、拉致した子どもを金持ちの夫婦に売る,つまりは子どもを拉致する強盗団だった。

しかし、hiroさん言う所の視点の切り替えって奴で、私は全く裏切られてしまった。
こんなうやむやに終わるなんて、悪人を突き詰めると国からお咎めでもあるのだろうか?と勘ぐりたくもなって来て、また怒りの涙が湧いて来る。
社会派ドラマで終わって欲しかった。観客動員出来なかったとしてもである。
そのまま最後まで、前半の勢いのまま突っ走って欲しかった。
主人公の父親を追い続けて欲しかった。

育ての親?聞こえはいいが、最悪のドロボーではないか、他人のかけがえの無い宝を、盗むなんて、卑怯この上ない。殺人にも匹敵それ以上の罪に等しい。
彼女は直接盗んだ訳ではないが、盗んだ物と知ってて自分の物にして、それをそれ程の罪悪感も持たず、探しまわるなんて。

ようやく盗まれた親の気持ちが分かったか?
否、彼女は悔い改めるどころか、自分の不幸のみを喚き立てる最低の女だった。
何故、育て親だなんて奇麗ごとをみんな口にしてへらへら笑っていられるのか。

否、、私がこんなに怒ってどうする?これは映画だ。馬鹿馬鹿しくて自分を笑いたくなって来る。
しかも「ラブソング」のピーター・チャン監督。
でも、ラブソングにしても、今に思えば、ラストはだんだん息切れしたような映画だった。
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