世界から猫が消えたなら

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2016/5/17 14:58 | 最終変更
onitsuka  常連   投稿数: 63
世界から猫が消えたなら
 ネタバレ注意!
 この文章は、映画の重要な内容に触れていることがあります。
 読まれる方は、そのことを充分御検討の上お読み下さい。
 少し書きますと、映画を観るのに、前情報を入れ過ぎるのは如何なものか?というのが僕の本音です。予告編やチラシ自分の直感と信頼できる人からの口コミ、そんな感じで映画を選んで欲しいです。また、事情は重々承知しておりますが極力映画館でCMは見たくないとも思っています。そのためには、基本的に映画を映画館で観ないといけない。但し、家計的にきつい人などは別です。そういう方は、レンタルを利用されるのも、大いに結構だと思います。
 畏れを少し感じながらこの前置きを書いています。これは、此処で書くすべての僕の文の前に入れていきたいです。何故なら、それが1映画ファンとしての夢だからです。
 映画の感想や面白さを詳しくお伝えしたいところですが、せめて、この場をお借りして観た映画の感想を書くことも、再び映画を楽しめるようになれた私に今できることだと思ってあきらめずにこのパターンでも書いてゆこうと思います。
 宮﨑あおいちゃん、1時期表紙で(が)素敵だったファッション誌を机の脚元に置いて心の拠り所にしていたから観たいよおと思って、また、そのあと時間管理手帳のメモを見たら、脚本:岡田惠和(さん)となっていて、これは行かなくてはと観に行きました。
 すべり出しは、佐藤健の息使いから始まっていいなと思ったけど、直後の遠景の映像の遠くがかすんで物足りなさを感じました。
 でも、この映画そういうのどうでもよくて、人は関係性の中で生きているということが本質だと思いました。学生の頃学んだ3つ位のことの1つ、数学的論理思考できないとできないと言われて苦手意識を持った法学部の授業とは別の、文学部の哲学の授業で教わった、人間は人の間って書くんですよ、を思い出しました。
 佐藤が、しょっているリュックが赤い。濱田岳がTSUTAYAと言われてたつやだけど、と言うのも何かの縁かなと思いました。
 何か話(ストーリー)があって、それを誰かに話すだけで(生きてる)意味があるというのは、この映画のオリジナルかと思っていたら、海の上のピアニストの中にあったんだとラストで教えられました。僕は、あの映画の本質は、ラスト主人公が船から降りないのが監督の映画の作品の中だけで勝負する(闘っていく)という決意表明だと気づいて、そればかりだとタカをくくっていたので。
 鶴瓶がこの映画は映画館のスクリーンで観たほうがいいと言ったのは、大瀑布の前に立つあおいちゃんのシーンでなるほどと思いました。
 この映画観て、少しやさしくなれた気がしました。あおいちゃんの生きてやる!も良かったし。
 猫の名前はサイヤ人で遊んでるでしょ?と勝手に思いました。
 携帯電話が溶けていくシーンは気持ち良かったし、(あとで、最後から二番目の恋のタイトルへの悔いの心もあるのかもと思いついたのは、うがち過ぎ?でしょう、多分。)時間にとらわれて生きているという奥田瑛二の台詞も、最近、僕が思っていることと重なりました。
 奥田が原田美枝子と佐藤との旅行先で野宿はいやだと言うのは、サワコの朝で若い頃野宿していて(その頃奥さんの安藤和津さんと出会って運が上がった)という話を思い出して、当て書き?かなと思いました。
 佐藤の走るシーンが2回あってどちらも良くて、2回目雨の中うずくまったところから体を起こそうとするシーンでは、またかよですみませんが七人の侍のクライマックスを思いました。
 濱田の、映画に関連した“永遠にある”みたいな台詞は、悪い時のことは忘れたいとその頃聴いていたからB・Oに出したみゆきさんの転生の中の無限・軌道を思わせて、買い直そうか途中まで思わせました。
 2回出てくる、生まれてくれてありがとうは、これも何かあったなと思っていたら、誕生だと思いつきました。
 映画がこの世から消える時の、濱田のレンタルショップでパッケージが棚の間を飛び交うシーンはすぐにどうやって撮ったのだろうと思いました。
 帰り、車で多部ちゃんの真赤な太陽を聴いたら明日への元気が出ました。そういえば、この映画の音楽担当も小林武史で。濱田がレンタルショップの店員なのはタランティーノを思い出させたり。
 くすんだ感じの映像の日本から、急に色調の強いアルゼンチンに場面が移って、そこでの振り向いたあおいちゃんの表情のスローモーションも良かったです。
 あと、メトロポリスの白黒の映像が懐かしかったです。
 もし僕が(私が)死んでも世界は変わらないのかは、はらちゃんからの本質のつながりだと思いました。
 佐藤の“悪魔”もつながっている。
 単独3位で4番目。
 佐藤が橋の上で倒れ込むシーンで、あ、何かが変わるんだなと思いました。
 時計がいろいろ出てくるところでは、寺山修司の時計がいっぱい出てくる映画を思いました。
 石井杏奈ちゃんは、チラシ見るまでどこに出ていたか全然気づかなかったです。
 僕がこうやって感想をノート化してうちの会のフォーラムに投稿しているのは、もうこれは、さだまさしのまねでもないですけれど、愚痴だと思ってもらえればいいのではと思いました。
 そしたら、横道にそれて書いておきたいこと書いていてもそんなに気にさわられたりされなくても済むかもと…。
 こんな好きなこと自分のブログとか作って書いていてたら炎上とかしちゃう気がして。よくわからないけど、怖いもんウィルスとかハッカーとか。僕なんか、リモートサポート頼みで綱渡りでSNSやってる状態だし。それを心配せずに、ちょっと怖いけど書けているのは、このホームページを作ってくれているこの会の人のおかげなのです。
 それ考えると、うちの会はアイ アム ア ヒーローではなくて、われらヒーロー(利賀村で観た青年団最&高期の演劇の題名)かもね?と思いつきました。
 佐藤浩市がA-Studioで共演した本田翼が、相変わらずふにゃふにゃしてたと話していて安心しました。ありのままでいいんだよって。それを、タモリ、僕がまだSNSに極度のコンプレックス持っていた頃に、笑っていいともで、インチキ中国人の大橋巨泉でさえパソコンはしないと言ったのに、ナイナイが薦めたスマホからとち狂ったのかヨルタモリで、ありのままでを否定しただけで儲けてた女作家なんかと組んで説教臭くなっちゃたなと思ってました。いつかその人がいなくならないかと録画してはちょっと見ての繰り返しでした。松たか子が出演した回だけ、ありのままで対決するかと思って早送りで見たら、松はありのままでは一瞬のことでしたとか言って、その時は、あ、やっぱり大人だな抑えたなと思ったんですけど、あとで、あの“一瞬”はマエストロ!で、THE有頂天ホテルで共演した西田敏行が言った一瞬は永遠なんやにつないで、言いたいこと言ってたんだと気づいたりしました。それにジャズの説明とか、もうわかってるし。そりゃ知らない人にはいい勉強になるだろうけどとか思ってました。タモリには自分の趣味のブラタモリ(真田丸SPだけ久しぶりにまともに観たから)もいいけど、何かもっと面白いことしてほしいです。こんな話ショットバーでバーテンダーに話しても何の反応もなかったから、ここで書いてますけど。と書いたあと、予告ちょっと見かけたら、アシスタントが近江友里恵ちゃんになっていて。福岡局から突然いなくなってひょっとして引き抜かれた?と思っていたら大抜てき。タモリ、相変わらず私の上を何人の女子アナが通り過ぎていったかと言ってました。
 就活のことはウィングルのスタッフさんに伝えました。僕が一番働きたいのは、近所のレンタルショップ・Tだし、そこでなかなか続かない若い店員さんに、いい仕事なんですよということだけでも伝えられればという思いだったけど、無理して働くこともないかなと、W契約切れたら、観たい映画観て、この場でその感想を書いていくのも僕の生きる道かもしれないなと思っています。そのうち火車状態になるか、書くことなくなるかでいつまで続けられるかわからないけど。
 SNSは危ないです。さんちゃん(まことに申し訳ございません。我妻三輪子ちゃん、祝結婚)の話を聞く前から、個人攻撃したのマズかったなあと思っていましたけれど、対人恐怖症になりかけましたから。でも、弱い立場の人を所謂ディスったとは思っていないのですが…。ディスりって、下手するといじめと同じようなものになってしまうと思うのです。SNSに限らず、ディスられた人がディスられたと思ったら、それはイジメと感じられても仕方ないのではないでしょうか?
 BS3ドラマ:奇跡の人第4回、一択の、絶望の先に何かなきゃいけないんじゃないですか、“希望がなきゃいけないんじゃないかなあ”、予告ではまたバカなこと言ってると笑っていたこの台詞に、僕はその瞬間、救われました。一度、絶望を体験したから、もうしないだろう大丈夫だろうと思っていたのに。絶望しかけた時の(それでも)「希望がある」という、この有難さに、“ありがとう”。
 アンネ・フランクの名言の中の“希望”の言葉も甦ってきて、今はそれだけで日々生きています。
 これ以上は、カット。観てもらえばわかる人にはわかると思います。
 私(オレ)は評論家じゃないですから。
(敬称略)

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