実録・連合赤軍 − あさま山荘への道程

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿.1 | 投稿日時 2008/5/30 23:24
tezuka  長老   投稿数: 486
何かを行うときの原動力は怒りや呪い(大きな意味で世の中や何かに対してなど)、のような負の感情ではいけない。
ましてやグループの上に立つ者なら絶対にいけない。
どこか冷静になれないし、広い視野で周りを見られないし、目標に対するビジョンが曖昧になるし、その過程で感情に流されたり、いきなり方向転換したり、上に立ってグループを導いていくだけの度量に欠ける。
そういう人に限って自己顕示欲がすごく強かったり、肩書きに弱かったり、とにかく愚かで弱い人間だから何事にも浅はかだ。

結局はそんな男女ふたりに引きずられてマインドコントロールされてしまった若者たち。
彼らのあれだけの情熱を、別の表し方にできていれば日本ももっと良く変わったのかもしれない。
あれでは大掛かりなままごとでしかない。
オウム真理教でもあんなことが行われていたのでしょう。

自身の顔を殴打し、失意と絶望のうちに亡くなった遠山美枝子。
彼女の生と死はあの活動について象徴的で、始めの学生運動自体がもしかしたらクラブ活動のノリで、それが次第に周りと一緒に盛り上がって全国的な集団催眠のようになってしまった。
永田洋子に「なぜここにいるのか?」と問われ、通り一遍の答えしか口に出せなかったように、彼女の中に明確な目標なんてなかった。

坂井真紀、すごかったです。
恐かった。
永田洋子よりある意味恐かった。
永田はただの愚か者だけど、坂井真紀の演技はリアルだもの。
柱にしばられ、トイレにも行けず、精神を病んでいく遠山美枝子を遠巻きに見ている彼ら、の図、あそこがいっっっっっっっっっちばんキツかったです。

3時間があっと言う間でしたが、あまりにも彼らが甘くて愚かで弱すぎて、見ていてイライラするし、疲れました。
けど確かにあれを退屈させずに見せる技量はスゴイ!
映画館で観ないと後悔する作品だと思います。 :dog_01:

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿.1 | 投稿日時 2008/6/7 11:11
kinsan  長老   投稿数: 276
同時代に生きているということは、映画や音楽に限らず事件や出来事についてもそのとらえ方に大きな要素を占めると思います。

例えばアメリカ合衆国では「ケネディが暗殺された時、あなたは何処にいたか?」という会話が成立するといいます。

「浅間山荘事件」の時、私は大学2年で後期試験の最中、下宿の部屋で小さな白黒テレビで中継をじっと見つめていました。

この映画は、60年安保条約闘争から政治運動(主として学生運動)を中心に72年までを描いています。

当時の私たちが知ることもできなかった「赤軍」の成り立ちやいかにして内部崩壊をしていくのかを、「事実」として映画化した作品です。

「事実」を描くためには、今生きている人からの情報を得なければなりません。現在牢獄にいる人たちや亡くなった人たちから情報を手に入れることはできません。事実ではなく、「事実」と「」がついていることを、私は注目したいと思います。

3時間の上映中、いろいろな思いがよぎりました。映画でいえば「ラスト・コーション」、「仁義なき戦い」が浮かんで消えました。若松監督が、極めて分かりやすく自滅する道程を描いていると思います。

「日和った」弱みがあるだけに強くでなければならない立場、弱い勢力であるだけに強くでて権力を手中にしようとする立場、「総括」という言葉の意味が分からない弱みがある故に他人に強く当たらなければならない立場(まさに現代のいじめと同じ構造です)、生きたいという基本的なことさえ弱いと思ってしまう立場。こうした情報が限られた小さな集団内の人間関係をうまく表現できていたと思いました。

懐かしい映像、懐かしい音楽、ノンスタルジアに浸るには、今の状況は厳しいです。
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2008/6/8 19:17
sugio  長老   投稿数: 204
3時間20分、総括させられてきました(笑)
かなりヘビーでしたが、
あの時代にのほほほ〜んと暮らしていた私にとっては
事の詳細をあれだけ丁寧に描いてもらうと勉強になりました。

以前、永田洋子(この人、ひろこって読むんですね、知らんやった)
の獄中手記を読んだ事があって、山中での狂気の総括の様子とかは
知っていましたが、映像になるとたまらんです。
坂井真紀の迫真の演技には身の毛がよだちました。
その部分が見るに堪えず、何度か席を立ちたい気持ちになったけれど、
やはり最後までみるべきだと踏みとどまりました。

始まりはより良い社会を目指し理想に燃え立ち上がった学生達が
どういう経緯で現実を踏み外していったのか、
とても疑問に思っていたので今回の映画で理解できた気がします。
当時、社会の混沌とした部分にはびこる絶対的な権力に
対して振り上げた拳を叩きつける方向を見失った若者達がいて、
常軌を逸していく様は、愚かしいほど痛々しい。

その後、学生達は三無主義などと呼ばれる世代に
入っていくけれど、その頃から平和ボケといわれる時代が
始まったような気がします。
60年代はまだ、学生達が社会に関心を持ち、
自分達が国を変え動かす事が出来ると本気で信じ、
激しい情熱を秘めていたんだなぁ。
労働組合側の佐野史郎は僅かの出演だったけれど
冴えた演技で存在感がありました。

あさま山荘の立てこもりの部分などは、
「突入せよ!あさま山荘事件」の警察側からの視点とは逆に
その時、山荘内では何が起こっていたのかが
リアルに描いてあって面白かったです。

当時未成年だった加藤の弟が、ラストあたりに
「今更どう型をつけるっていうんだ、俺たち勇気がなかったんだっ!」と
泣き叫ぶシーンは哀れでした。

頭が痛くなったけれど、無理して観てよかったと 思いました。
二度は観たくないけど・・(^^;
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