西の魔女が死んだ

  • このフォーラムに新しいトピックを立てることはできません
  • このフォーラムではゲスト投稿が禁止されています

投稿ツリー


前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿.1 .2 .3 | 投稿日時 2008/6/21 17:59 | 最終変更
tezuka  長老   投稿数: 487
全体的に「包まれる」という雰囲気。

頬を包む両手
風がゆらすカーテン
手のひらの野いちご
野いちご畑にたたずむ
野原で寝ころぶ
森の中で膝を抱える少女 etc・・・

『赦す』ということ、『赦される』ということ、また、それをどうしても受け入れられず、感情のまま自身をさらすこと。

魔女修行には強い意志の力が必要なのだそうです。
しかし、どんなに素晴らしい魔女であってもたまには感情に流されて相手にそれをぶつけることもある。
そんな自分に素直に傷つく心を持つことは、きっと素敵なこと。
なぜなら、自分の弱さを知ったときにきっと、私たちは何かを学ぶのだと思うのです。

魂の本質は「成長したい」気持ちだから「体」を持つのだ、というセリフにはすごく共感しました。

音楽も良かった。
この主演のサチ・パーカーさんてシャーリー・マクレーンの娘さんだそうですね、似てないけど。
良かったです、彼女。
カタコト日本語の雰囲気が、すごく作品に合ってました。
てしまあおい(漢字変換できなかった)の歌もいい。

木々の香りや、葉っぱの匂い、湿った林の空気、ハーブを渡る風、灯かりのない星空、全てが優しくて、いつまでもあの中に浸っていたいと思える、素敵な作品でした。
ほんとに、大きな心・優しさに包まれる、って感じで、暖かい涙を流してきました。

--
45

前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2008/6/23 20:10
mk2  半人前   投稿数: 29
仕事場から抜け出して観て来ました。
なんという事の無いお話なのに、心が洗われるような涙を流しました。最後のシーン、主人公と一緒に。

人生で大切な事をたくさん教えてくれた、自分を愛してくれた人を、傷つけてしまった、しかもやり直しが出来なくなってしまった後悔と、成長への決意を、あのシーンに感じました。
それまでの「お話」が、とてもストレートで、少女が素直だったから、そんな風に伝わったんだと思います。森が、畑が、ハーブティーが、キルティングの掛け布団が、サラ・パーカーの笑顔や後姿が、りょうのつらそうな横顔が、細い透明な糸を束ねたように繊細で、でもしなやかで、思い出しても泣けてきます。

そういう思い出を持つ事の素晴らしさに思いを馳せると、また泣けますね。なんてこと無いんですけど、名作だと思います。
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿.1 | 投稿日時 2008/6/26 22:31
sugio  長老   投稿数: 204
辛く傷ついた心を柔らかく包み込む優しさに満ちた原作を
見事に映像化していて、、、感動した。
ターシャの庭を思わせるようなおばあちゃんの家。
森や花々や鳥の声が美しく、音楽も良かった。

まいが自分からその理由を話すまでは、
無理に尋ねることはせず、ゆっくりと雪解けを待ちながら
導き見守り続けるおばあちゃんの深く大きな愛情。

まいがゲンジさんを非難した時、
思い込みや妄想に支配され、さらに恨みや憎しみが
沸いてくる、そういうエネルギーの動きはひどく人を疲れさせると
いう魔女の言葉は、とても胸にずきんときた。

やがて、自分で答えを出しひとつの成長を遂げようとするまいの
向こう側、西の魔女の後姿には嬉しさ寂しさ複雑に揺れてみえた。

幼さの中で取り返しのつかないわだかまりを抱えてしまった
心の霧を最後にみごとに吹き飛ばしてくれた西の魔女の言葉に
涙が止め処なく流れた。

台詞とかは原作とほぼ同じで
その上品な雰囲気を大切に再現していると思う。
原作と映画とは別物の事が多いけれど、
この作品は原作で得た感動をそのまま映像で感じることが出来た。
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿.1 | 投稿日時 2008/6/29 20:05
hiro  管理人   投稿数: 219
 登校拒否の少女が森の中にある祖母の家でスローな生活を送ることで、回復していくという話。
僕はぴんと来なかった。
これ、不登校の根本的な原因は何も取り除かれていない。

 「オズの魔法使い」の西の魔女は邪悪な魔女だが、この映画の魔女は心優しい。
基本的に「アルプスの少女ハイジ」をなぞったような印象で、もちろん、この映画の主人公はハイジではなく、クララに当たる。ここでのハイジはおばあさん。
サチ・パーカーのセリフ回しは変だが、同時にサチ・パーカーのキャスティングによって映画は随分助けられていると思う。

 スローライフの中でのスローフードはおいしそうだが、主人公が心配するようにあんなに野いちごのジャムに砂糖を使ったり、パンを主食に食べたり、夜中にクッキーを食べていては太ってしまう。もっとスローフードに力点を置いた方が良かったのではないか。都会の生活に対峙するものとして田舎のスローフードなり、ゆったりした生活なりが十分に描写されれば、映画はもっと充実度を増したと思う。

 と、ここまで書いて原作を読む。ホトトギスが「テッペンカケタカ」とか、コジュケイが「チョットコーイ」と鳴くという描写でこけた。この原作者、ホントのスローライフの人ではない。鳥の鳴き声を表現するのに手垢の付いた既存の形容を使うようでは努力を惜しんでいると思われても仕方がないだろう。もちろん、これ、主人公が鳥の鳴き声をそう感じているだけという解釈もできるが、作者自身が頭で想像して書いていることは想像に難くない。かつて開高健は「身を削るような思いで形容詞を考え抜け」という趣旨のことを書いていたが、それが読者への礼儀だろう。

 ノヴェラに分類される長さ(文庫本で180ページ余り)なのでプロットのような感じ。映画化するにはちょうど良い長さと思う。映画に出て来た郵便配達は原作にはいない。驚いたのは148ページにハイジに言及している部分があること。そうか、ハイジのバリエーションであることは原作者も織り込み済みだったのか。引用しておく。

引用:
「まいは本当に日に焼けて元気そうになったね」
パパは車を運転しながらうれしそうに言った。
「え? 黒くなった?」
「健康そうになったよ。まるでハイジみたいだ」
「え?」
「ほら、町で病気になったハイジが、山に帰ってすっかり元気になるところがあるだろう」

 それにしても、タイトルに「西の魔女」を含むのに、原作も映画も「オズ」に言及していないのはかえって不自然な気がする。僕はこのタイトルを聞いて、当然、「オズ」が出てくるだろうと思った。

 新潮文庫版にはその後の主人公を描いた「渡りの1日」という短編が付属している。渡りとはサシバの渡りを意味しているが、結局、主人公はその渡りを見に行かない。作者は見たことがあるのだろうか。
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2008/6/30 21:32
sugio  長老   投稿数: 204
>hiroさん
うぅ〜〜、覚悟していた以上の辛口評価。
なんか嬉しくなります(笑)
ですよね、夜中のクッキーは確実に太ります。
hiroさんらしくて笑いました。

合評会がとても楽しみになってきました〜♪
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2008/7/4 23:14 | 最終変更
tezuka  長老   投稿数: 487
合評会、はるぴーさんの反撃が聞けなくて残念でした。

でも皆さんの色んな意見を聞いても自分の気持ちが少しも揺れなかったので、私にとってこの作品はガシッと自分にハマったんだと感じました。
魔女修行じゃないけど、自分の弱っちい精神面を何とかしたいと真剣に悩んでる最中なので。

観てる間も、観たあとも、自分の大好きな人にこれを観せたい!という気持ちが自然と湧いてきて、だけどそれを伝えられないんだ、という切ない気持ちも重なって・・・、やっぱりこの作品に対しては極々個人的な思いが強いわけですね。
ということで、ハイ、、、、個人的なもんです。あははー。
でもいいですよね、そんな作品があっても!(笑)
  条件検索へ

サイト内検索

ログイン

ユーザ名:

パスワード:



パスワード紛失

新規登録