戦場でワルツを

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2010/2/9 23:06
tezuka  長老   投稿数: 487
単純な感想としては、ドキュメンタリーだと知らずに観たからか、ダラダラしていて眠くて。
特に中東情勢は難しく、知らないのでなおさら。
さっきウィキペディアで検索してみても、レバノン内戦だけでもたくさんの地名や団体名が出てきてちんぷんかんぷん・・・
イスラエル人に追われて行き場を失ったパレスチナ難民の悲劇、を虐殺に関わったイスラエル人が描いた作品、ということでした。

アニメーションを使ったのは、主人公が見た強烈な光景を、再現するすべがないから?でしょうか。
最後、虐殺に遭ったパレスチナ人たちの死体や、嘆き悲しむ人々の姿が実写で登場します。
その点はメッセージ性が強調されます。
ですが、前述のとおり中東情勢に疎いため、何があってどうなっているのかがさっぱり判らない。
観終わったとき、頭の中には
「No more war」
としか適当な言葉が思い浮かびませんでした。

痛み、怒り、恨み、そして復讐の連鎖を絶つことができるのでしょうか。
少年兵にロケット砲を撃ち込まれる瞬間、まだ子どもじゃないか、とひるむのはきっと人として正しい良心なのだと思います。
しかし、まだ年端もいかない少年たちをさらって、訓練して、一端の少年兵に仕立てる集団も存在する以上、戦争とはそんな当たり前の良心ですら利用して戦うのです。

もしも本気で憎しみの連鎖を断とう、平和に共存していける国家をつくろう、とするならば、その目標に向かって、いかなる自分自身の犠牲をも許して、相手を受け入れるだけの信念がなければできません。
自分の愛する者が酷い殺され方をしたから、といって、相手に復讐することは、大義の前には許されないのです。
それができなければ復讐の連鎖を断つことはできないのです。

レバノンの首都ベイルートで行われたパレスチナ難民に対してのイスラエル軍とレバノン民兵による虐殺、はイスラエル軍は直接手を下さずとも、夜は照明弾を打ち上げ続け、民兵に弾薬と食事を与え、虐殺に手を貸していました。
主人公は、虐殺の記憶は思い出せなくても、その照明弾の夜のイメージだけは強烈に覚えていました。
何度も現れる照明弾の夜と、泣き叫びキャンプから逃げてくる難民たち。
そして最後に実写として登場するいくつもの本物の死体、それらは時間が経ち、腐って体が膨張しています。
嘆き悲しみ、何かを訴える女性たち、彼女たちはその悲惨な状況の中、どう自分たちの心のありかを見つけていくのでしょう。

そんな悲劇をイスラエル人がドキュメンタリーとして作ったことは、評価してよいのだと思いました。

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