灼熱の魂

  • このフォーラムに新しいトピックを立てることはできません
  • このフォーラムではゲスト投稿が禁止されています

投稿ツリー


前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿.1 .2 .3 | 投稿日時 2012/7/22 16:42 | 最終変更
haruko  長老   投稿数: 320
酒井さんの宮日シネマを読んで、この映画を、どうしても見逃すわけにはいかないと思いました。
見終わったときは放心状態。これは映画を見た人としか語れない映画です。
このような壮絶な運命を生き抜いた母親のナワルへ、同じ女性としていたたまれない思いと尊敬の想いでいっぱいになりましたが、私にはこのような中で生き抜く自信はありません。体が震えるラストでした。

何故人間はいつまでも憎しみの連鎖から逃れられないのか,何故もっと、、と思うのは、関係のない我々だからこそ言えることだと思います。

憎しみなんて、そんなに簡単に割り切れるものではないのでしょう。
中東とイスラエル、中東諸国間での内乱、宗教の違い、貧困、それらの何もかもが,憎しみの連鎖から立ち直れない原因だしたら、映画を見ても口出しは出来ず、せめて、我々の身に、このようなことが起きませんようにと祈ることしか出来ません。
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2012/7/25 21:34
sugio  長老   投稿数: 204
なんと悲痛で惨酷な話だろう。。。見終わった後に言葉を失う。

けれど、どんなに耐え難い事実の中でも母の愛はとてつもなく強く深い。
ズタズタに引き裂かれても貫かれた‘約束’の重さにしばらくは席を立てなかった。

憎しみ争いの連鎖を断ち切るには、あまりにも辛い事実を知る事。
姉弟、ふたりだから乗り越えられるのかもしれない。
中盤、スナイパーが逃げ惑う子供たちを撃ち殺すシーンの踵(かかと)に彫られたタトゥーのアップが上手い。心理的な虚を突かれたのをラストの衝撃で知る事になった。

忘れられない強烈な印象を受けた一本。
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2012/8/3 2:54 | 最終変更
d0yaga0  一人前   投稿数: 90
 
この結末は全然予想出来なかったよ。
素晴らしいストーリー展開にただただ唖然。
観客はナワルの双子の子ども達の目線でこの物語を追い、そして最後に驚愕する。1+1=1であることの残酷さを否が応でも突きつけられる。いやはや参ったな。

カメラはあくまでも冷静に淡々とナワルを捉え続け、モキュメンタリーと見紛うようなシーンが連続する。固く閉ざした母ナワルの秘密を双子の子ども達が薄皮を剥がすように紐解いていく過程も見事としか言いようがない。


(ここからネタバレ)


すべての要因はナワルが異教徒の子どもを身ごもることに起因しているんだね。そのことがすでに残酷な運命であり、それを受け入れ背負う勇気ある赦しの物語だったとは。

物語を終えても残されたナワルの子ども達の未来は語られない。ただ長男については母ナワルの壮絶な人生を引き受けるが如く、彼女の墓石に呆然と立ち尽くすシーンが印象的。このシーンに胸を打たれたよ。

レディオヘッドの曲をバックに囲われた部屋に集められた子ども達。短く髪を刈られた少年の悲しげにも受け取れる鋭い眼差しが印象的。この冒頭からかかとのタトゥーのカットがちゃんとあるんだね。今回DVDでの鑑賞だったから気になるシーンを再見できて良かった。
ちょっと冒頭シーンで見逃しがないか確認するだけだったのに、結末を知った今だと「あれま!このシーンはこういう意味だったのね!」と新たな発見の連続でこれから2時間またもやガッツリと観そうで怖い。
ただでさえオリンピックに睡眠時間を奪われてるっていうのに。ウガーッ!
 
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2013/1/14 18:05 | 最終変更
tezuka  長老   投稿数: 487
あの息子、気の毒に・・・というのが正直な感想でした。
そこは男性に尋ねてみたいです。

主人公ナワルの民族的・宗教的な宿命がどういう重さを持つのか?という部分、もっと丁寧に描かれていたならば、ぐっと胸に迫るものがあったかもしれません。
この作品から感じたのは中東に生を受けたひとりの女性の、ごく個人的な愛と憎しみの強さ。
愛よりも憎しみ、憎しみの強さだけで人はここまで生きていけるんだな、という。

ナワルは双子息子が話していたように彼らにとっては良い母親ではなかったようです。
しかし、亡くなったあとに自分の生きざまを見せることで自分自身を彼らに印象づけた。
これ、どうなんでしょう?
愛情?
それとも憎しみ?
死してなお、私を忘れないで、私という女が生きていたことを覚えていて・・・、その気持ちの強さを感じるし、生前は双子息子が言うように「死んでせいせいするわっ!」という母親だったとしたら、自分らの出生の秘密を知ったときに「1+1=1がありえるか?」だけじゃない。
どれだけ重い宿命の十字架を背負わされたか。

彼らのルーツは今でも名誉殺人が行われている土地です。
双子娘が訪ねたときも、ナワルのことで冷たくあしらわれるような場所。
もしも出生の秘密があの場で知れたとしたら、塩まいておくれ!なんかじゃ済まないでしょう。
だからこそです。
民族的・宗教的な背景をもう少し描いてほしかったです。
母親が子どもたちに背負わした宿命と同じほどの重さを。

タブーである近親相姦、それも男性よりも地位(?)の低い母親と息子。
これが父親と娘ならば立場はまるで違うでしょう。
きっと犯されながらナワルは息子に気付き、だからこそお腹の子どもを殺そうとしたのに生まれてきた双子。
愛があったから一緒にいて、愛があったから出生の秘密を伝えた。
自分という女性の生きざまをきつく印象づけて。

そこには愛だけではなく憎しみも介していると思います。

それは名前も素性もかくして拷問人から一般の男性として生きていた、もうひとりの息子に対しても。
彼に背負わした重すぎる十字架、それは愛からくるものでしょうか。
ナワル自身が死ぬ前ならば尚更。
拷問人ではなく、一般の男性として生きていることを知ったならば、彼の行く末の幸せを黙って祈ることが愛じゃないでしょうか。
でもナワルはそうしなかった。
死の床で、公証人に口づたえで全てを伝え、全てを明らかにした。

息子は、ずっと会いたくて会いたくて探し続けていた母を、あの薄汚い収容所の床で拷問し、何度も犯したことを本人の手紙で知らされ、「許す」と言われてどうなんだろう?
私だったら、すぐにでも道路に飛び出て車にはねられて死にたいです。
あれだけの重い宿命を背負わされた彼を気の毒に思います。

収容所に行くまでは息子への愛のために何があっても一途に生きたナワル。
そのあとの彼女は何のために生きたか?
子どもたちへの愛?
それとも息子への憎しみ?

民族的・宗教的な部分をもっと感じられたら感想も違ったと思いますが、この作品から感じたことは一般的に
愛と憎しみはもしかしたら同じベクトルを向いているのかも?ということ。

もうひとつ、中東という地域、アジアの発展途上の国々、これらに共通する雰囲気は、「父性の欠如」だと気付きました。


  条件検索へ

サイト内検索

ログイン

ユーザ名:

パスワード:



パスワード紛失

新規登録